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infected dream

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もしもピアノが...

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以前の日記にも書いたのですが、
放映が始まったようなのでお知らせしたいと。

阿○寛さん主演の第一○命のCMで流れる、”もしもピアノが弾けたなら”の編曲、制作を担当しました。

30秒のCMで前半は音楽なしというコンセプトなのでほんの少しだけしか聞くことができないのですが、実はワンコーラスあります。チェロは、プリムロウズでもおなじみの、橋本歩さん。アレンジには、いろいろと制約もあっていつものように、自由気まま(?)には出来なかったのですが、美しいメロディーへ、ひとつづつ服を着せていくのは楽しい作業でした。

この仕事の話をいただく、直前に読んでいた本が、「パリ左岸のピアノ工房」。小学校2年から数年、エレクトーンを習っていたので少し鍵盤も弾けるのですが、ピアノは挫折しました。
 中学になって吹奏楽でトランペットを担当し、トランペットで音楽大学へ入りたいと思い大学への必須のピアノを習い始めたのですが、トランペットで大学へ行くなら吹奏楽をやめて、トランペットの先生について勉強しなさいというそのピアノの先生とうまが合わず、ピアノは挫折したんですね。
 今から思えば、他の先生の門を叩いていれば...とも思うのですが。
 
 というわけで、まさに、もしもピアノが弾けたなら...なんですね。スタジオにピアノを持って来たいなと思っていた時に、「パリ左岸のピアノ工房」と言う本に出逢いました。筆者があるきっかけによりピアノ工房に出入りするようになり、自分にぴったりのピアノをみつけ、再度ピアノを習い始めるのですが、この本を読んでいた、そんな時に、この曲の編曲の仕事をいただきました。シンクロニシティーを感じますねえ、本当に。

 歌の先生が亡くなられた時やっていたのがこの仕事。歌謡曲に縁遠い僕で、この歌も、今まで僕にとっては特別な歌ではなかったけれど、特別になりそうです。

 そして、今日、書店で、バッハのインベンション(楽譜)を買ってしまいました。
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by kkkr | 2007-12-29 00:51

slow down

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昨日までの仕事、12月末からのテレビCM(放送され始めたら再度お知らせします)は、ある大ヒット歌謡曲のアレンジ。作曲家が大先生なので、コードは変えないこと、テンションも加えることも不可、など、いつもの好き勝手にインスピレーションのままに作るのではなくて、制限、縛られた中での美の追求。これもとても楽しかった。使われるのは、実はほんの最初の方だけなのだけれど、ワンコーラス仕上げた。5本のチェロをフューチャーした出来は、大満足。関係者の方々にも喜ばれたみたいで、充実感を味わいました。

今日は、まるまるオフではないのだけれど、昼に渋谷に用があって帰りに、代々木公園横のarmsというハンバーガー屋さんで、ベジタリアンバーガーとミルクティーで読書。美味かった。

が、後ろの席にいた、うさんくさい偉そうな老人を囲む5人組の話の内容が、僕が座ってから帰るまで、誰々は、aに違いないとか、血液型の話ばかり約30分。だんだんムカムカして来て(笑)読書に集中できず退散。

代々木公園を散歩。
このところ、オフがなかったので久しぶりにゆったりとした時間。
春の日のような陽のあたたかさ。
木のねっこに座って、時折吹く風に枯れ葉がさらさらと舞う中、凧揚げをする親子、犬の散歩、お弁当を食べる女子二人組、リハビリのために散歩をする体の悪い老人夫婦。ぼんやり眺めたり、本を読んだり。

ひとりは、少し寂しいけれど、
なんか、ご褒美のような時間だった。
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by kkkr | 2007-12-15 00:33

 
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 十数年前、歌いたいという想いを実現するためにthe primroseを創った。想いとは裏腹に、自分の歌に自信がなかった。それでも、人前にさらすことでの人からのフィードバックと、録音したものを聞いたりして自分なりに少しずつ理想に近づけるように努力した。東京へ出て来ての1年は、公園や駅前で。スタジオにも出かけたけれど、空の下で歌うのは楽しかった。あの頃は、がむしゃらだったなって思う。

 そんながむしゃらに歌ってた頃、発声の手ほどきを受けるチャンスを頂いた。それも、クラシックの声楽の先生。奈良有規先生。我流で声を出して来た僕の歌を暖かい見守るような眼差しで微笑み、発声のための体の使い方を、言葉でも説明されるのだが、まるで人がテレパシーやオーラと言うようなもので伝わってしまうような伝え方で教わったような心地だった。ほんの数回だけのレッスンだったけれど、歌を歌う時、その時のことを思いださずに歌うことはない。そこで、教わったことで、自分の歌に基軸が備わったと思う。よい歌が歌えているかどうかは、その基軸によって自分なりに判断ができるようになった。調子が悪くなった時、心が凛としない時、そのレッスンの時の声の出し方で、発声すると少し良い方向を向く。

 その先生が、先月29日の早朝に亡くなられた。癌を煩い、闘病されていた。年内もつかどうかと、聞かされた時、お会いしたいと思ったのだけれど9月頃からはご家族とほんの近しい人達とだけ会われていたそう。お手紙を書こうかと思ったりもしながら、日々の忙しさに流されてしまって先延ばしにしていた自分がとても情けない。病床で、僕のことをどうしているのかと、気にかけてくださっていたことをも聞いた。今更ながら、後悔で一杯。

 そして、兵庫の西宮での通夜、告別式にも、仕事で出ることが出来なかった。通夜の日は、プロデュース中の岩瀬君のレコーディングのための最終アレンジ詰めのためのスタジオ。告別式の昨日は、CMの音楽のための編曲。なんとか行こうと努力をしたけれど、どうしても時間が作れなかった。変わりの人では出来ない仕事。やりがいのある仕事であるけれど、責任も大きい。どうしようもなかったと自分にいい聞かせるけれど、最後のお別れにさえ行かなかったことが悔やまれる。告別式の時間に、感謝の意を込めて、声を出してみた。歌ではなく、ただただ、音階を。先生から教わった発声練習を...。西の空は、朝だというのに、夕方みたいだった。

 ほんの数回だけれど、先生から教わったことは、僕の歌を変えた。歌う度に、先生が僕の中で生きいるようだ。これからも。何百人、何千人の人に先生の想いが今でも生きている。とっても素晴らしいことだ。いつか、僕がこの世から去るときに、そんな風に、財産を残して行けるだろうか。儚いものではなく、心有るものを残して行けるだろうか。

 窓の外を見たら、桜の葉が、赤く染まっていた。たくさんの葉が落ちていた。切なさと美しさ。この冬も、特別な冬になった。

先生のご冥福をお祈りします。
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by kkkr | 2007-12-04 01:34