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infected dream

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明日も、実験準備室に行ってきます。

一昨日、今年初めての、the primroseのリハーサルをした。今回は、another guitarに永田太郎君。シンセベースに、佐々木亨君。そして、ドラムは、新しくmaki999を迎えて。the primroseとしては、初めての女子ドラマー。
 彼女は、今は休止中?の僕も参加していたyamyamy, 以前jupiter-g企画で参加してもらったmetro999のドラム。去年秋、プリムを再始動させてから、3人目のドラマー。一人プリムになって、4ヶ月。いろいろな人に参加してもらいながら楽しんでいる。いろいろなミュージシャンが集まって、サポートしたり、セッションしたりすることがあるけれど、自分主導のプリムでの元、メンバーの違いによりこんなに音が変わるのかと、当たり前ながら感心している。しかし、ドラマーはその中でも、顕著だと思う。
 オリジナルメンバーの、横山こうじは、独特のグルーブを持っていた。プリムは、ロックフィールドにカテゴライズされると思うのだけれど、彼の根底には、黒人音楽があったように思う。それによって、ある意味ヒップホップのトラックのようなグルーブを持っていた。それと、衣笠のなんとも言えないカテゴライズできない個性的なベースとで、プリムのリズムは支えられていた。
 10月にお世話になった、HIROTH君は、元SUPER STUPID。彼の刻むビートは、 まっすぐまっすぐ進みエモーショナルに山を超えていく!って感じだった。
 12月にお世話になった、富士森さんは、元マンボボーズ。僕は、知らないのですが、もともと大学でビッグバンドジャズをやられていたそうで、大人のクールな雰囲気があった。もう少し、時間をかけて、そのあたりのかっこよさをプリムにも持ち込んでいけたらよかったんだけれど、少々時間的に無理があって、残念にも思っている。

 さてさて、 maki999は、その辺にはいないです。彼女を最初に見たのは、もう5年以上前かな。まだmetro flavorと名乗っていたころで、彼女のプレイが良くて、ライブ後に声をかけた。それから、しばらくほそぼそと連絡をとっていたのですが、一昨年の夏、あるイベントのために自分が面白いなあこの人たちと思った人ばかりを集めて、ライブをした。それがyamyamy。
 なんとも表現しにくいのだけれど、彼女のプレイには、隙間が存在する。絵の具ですべて塗ってしまった西洋がではなく、日本画、墨絵のように、隙間が存在する。粋なんです。こんな、ドラマーに会ったことはない。プリムで、彼女の良さを最大限引き出せるようになるまでは、一緒に曲をも創り始めてからになるかもしれない。が、今度のライブは、ある意味、科学の実験みたいに感じている。この青い液(プリム)に、このオレンジの液(maki999エキス)、入れたらどうなるんだろう。シュワシュワーって煙が出て、みんながぶっ倒れるかもしれない。いや、思ってもないおいしそうな香りが漂うかもしれない。いやいや、ぼか===ン!ってなって、髪がちりちりに・・・(笑)。予測がつかない。でも、なにかおもしろい反応が起こることには違いないと、1回目のリハで確信した。楽しみだ。

明日も、実験準備室に行ってきます。
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by kkkr | 2005-01-21 03:54

あの日も起きていた。

復興ではなく再生なら・・・。

NHKで見た、阪神大震災で子供を失ったある母親の言葉。
「復興とは、はるか(震災でなくなった子供)がいて出来ること。あの子がいない今、再生という言葉なら受け入れることができるけれど、復興は・・・」

僕は、神戸で育った。豊中市で被災した。怪我はなかった。実家は香枦園。あのバスが半分高速道路から落ちかけていた現場が見える場所だった。家族、親戚は被災したけれど、幸運にも大きな怪我などもなかった。家の下敷きになっている人がいるかもしれない街の中を、50CCのバイクで家族、親類の無事を確認するために走利続けたのを覚えています。あんなに悲しい真っ暗な空と月は見たことがないなあ。
 地震を経験をしたけれど震災のことを思い出すのは、地震が起きた時、新潟での地震、スマトラ、、、とニュースを知った時くらい。でも、家族を失った人は、一日に何度も思い出すのでしょう。
 僕は、震災がある前から決めていたため、震災の年の4月には、上京していた。そのことは、ずっと、なにか後ろめたい気持ちを持っている。神戸のために何もしていないこと。被災した人々のほとんどは、再生へと努力をこの10年してきた。僕は、被災直後に、その場所からピョンと出てしまって何もなかったかのように暮らした。それは、僕の愛する故郷を思う気持ちを語る権利がないように感じさせる原因になった。
 両親、兄弟とも上京した今は、帰らなくなった。この十年、何度か帰り、東灘区阪急御影北側、御影北小学校の隣にある祖父母の墓参りをしたのだけれど、、変わった街並、そして高台にあるその墓地からを見る生まれ故郷を見ることが僕を言葉に言い表せない気持ちにさせた。でも、全て事実。幸運にも家族は無事だったこと。被災地を出て、上京したこと。自分に精一杯だったように感じる。
 神戸の再生に、参加できなかった僕だけれど神戸を思う気持ちは、やはり変わらない。あの街を愛している。山から海へと繋がるあの坂道、御影石で積み上げられたあの長い長い塀は、コンクリートに変わってしまったけれど、思い出の中に消えることはないし、変わらないあの匂いがある。なにか、役に立てることはないか。10年を節目に、もう少し、素直に神戸を想うことが出来そうだ。

不幸に見舞われた、人々、神戸だけじゃなく、世界中で・・・
その人達の気持ちを少しでも、感じることの出来る人であり、
祈りたいと思います。

1.17.2005 
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by kkkr | 2005-01-17 05:04

great new year!

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

正月を実家で、温泉に入り、父親と将棋をさし、花札をし(カルタではないです。笑)犬と戯れ、寝て食べて遊んで過ごしました。
 5日には初仕事(CM)を佐々木氏とlost in foundの峰子さんと終え、食事をしたのですが、甘いもの好きな僕が、食後のスイートを注文しなかったと思いきや、家へ帰って熱をはかったら8度5分。その後すぐに、39.5度という久々の高熱に見舞われました。いつものように汗をかいて熱を下げようとしたのですがなぜかあまり汗をかけず、朝まで続きあまりにもしんどかったので風呂を沸かしどんどん追い炊きをして汗をだして、やっと下げました。
 しかし、9度5分にもなるといろいろんなことを考えるもので、その時のひらめきは、かなりいいんでは?と思い込み、考えていることをMDにぼそぼそと録音してしまいました。ちょこっと先ほど聞いてみたのですが、死にそうな声をしてました。(笑)今日、なんとなく人間らしい生活へと戻ってこれたところです。
 さて、昨年末に書いたうちの楓ですが、年末の雪の降った日に写真をとりました。みてください。少し紅葉しましたよ。今は、もう葉が落ちました。もう一枚は、高速道路での空。
 
 今年は、高熱でまず最初にリセットしたし(笑)新たな気分で迎えることができました。時間の一粒一粒を愛おしく思いながら過ごしたいな。
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by kkkr | 2005-01-08 00:43