ブログトップ

infected dream

idream.exblog.jp

カテゴリ:日常の中の特別( 71 )

1995.1.17

20年前のこの時間。僕は起きていた。リビングのピアノがゆらゆらと部屋の真ん中まで移動し、家具は全て倒れ、物と一緒にシェイクされるような状況とその時間の長さに地震だとは思えず、地球の終わりなのかと思った。そして家族や親戚の無事を確かめるために50ccのバイクで走り回った。その時のあの光景は20年経った今も忘れることはない。あそこにいた全ての人達にとって、あの瞬間の前と後は、まるで繋がりのない物語を継ぎ合わせたようだと思う。あのとき命を落とした人達の中の一人に自分も含まれていても不思議はなかった。20年経った今、今さらながらではあるけれど、あそこからは、extra な(的確な日本語がみつからない)時間を戴いたのだなと思う。
 その春、東京に出て来て20年。与えられたそのextraな時間を、充分に生きて来たのかと問われるなら、心は半々に分裂しそうになるけれど、こと音楽に対してのみ、きっとこういう風にしかやってこれなかったんだろう、自分なりのやり方でくねくね曲がりながら歩いてきたように思う。いつまで猶予があるのかは解らないけれど、出来ればこれまでよりより濃密に音楽と共に生きて行きたいと思う。
 阪神大震災、東日本大震災で、命を落とされた方々のご冥福をお祈りすると共に、その家族ご友人の悲しみに僕達が寄り添うことが出来ますように。
[PR]
by kkkr | 2015-01-17 05:28 | 日常の中の特別

冬の朝

b0060102_472023.png

このところ、作っていた曲。ある日、朝まで夢中になっていたのですが、ふと外を眺めると雲の流れがとても早く、そして、プレイされていた音がまるで、その景色のサウンドトラックでした。自分にとっての音楽は言いたいことを伝える手段ではなくて、目の前にある、もしくは記憶になる景色、情景へサウンドトラックでした。そんなことを思い出させる瞬間でした。

みなさんにとって、良い2015年になりますように。
ありがとうございました。

松井敬治
[PR]
by kkkr | 2014-12-31 04:05 | 日常の中の特別

Merry christmas!

Merry christmas!!!

雪は、降ってないけれど、White christmas.
好きな歌。聞いてみてくださいね。

https://soundcloud.com/keijiprimrose/whitexsmas-cover
素敵な夜をお迎えください。

b0060102_20441237.jpg

[PR]
by kkkr | 2013-12-24 20:45 | 日常の中の特別

whale song

b0060102_4125212.jpg


池澤夏樹の氷山の南。
南極へ氷山の一角をとりに行く船に偲び込むことから始まる物語。その中で、クジラの歌、クジラが海の中で鳴くことが語られている。これまで、クジラが鳴くことを想像したことがなかったので、驚き、そしてどんな声なのかを聞いてみたくなって検索。それが、これ

海の中にもエコーがあるのだろうか。そう言えば海の中にも、山があって音は反射する。エコーに響く声は、まるでコントラバスのよう。そして、歌のよう。鳥に歌があるように、クジラも歌を歌っている。大海原で遠くの恋人に?家族に?仲間に。ひとりで歌を歌う。哀しげだけれど、そこには永遠に通ずるゆったりとした時間の流れを感じる。今日も、これを聞いて眠ろう。
[PR]
by kkkr | 2013-10-19 04:15 | 日常の中の特別

The longest day

b0060102_23292678.jpg


長い一日が終わりました。母の手術、お陰で無事終わりました。病室から手術室まで車いすを押して送ったのですが、いつもはあんなに喜怒哀楽の振幅幅の大きい彼女が凛としていたことに感服しました。そして、手術後の執刀医の脱力しながらも手術結果を丁寧に写真を見せながら説明される姿にも感動しました。今日のことは将来の自分に起こる節目にも大きな力になると思います。気にかけてくださったみなさん、ありがとうございました。
[PR]
by kkkr | 2013-08-02 23:29 | 日常の中の特別

spring!

b0060102_11374237.jpg

[PR]
by kkkr | 2013-03-21 11:44 | 日常の中の特別

手紙

b0060102_3191191.jpg


このところ、何人かの方から、お手紙を戴いた。ライブの感想や、アーティストの方からCDを送って頂いたり、CDを購入戴いた方からのお手紙とか。これまで、手紙と言えば請求書か広告ばかりだったのに...。少し不思議な感じ。

メールでも、十分に気持は伝わってくる。が、丁寧に綴られた文字からは、その方の誠実さが伝わってきたり書いている時の、心の揺れをも感じることが出来る。そして、自分の心も揺れる。そして、手紙を書いて下さっている状況を想像する時、そのことに使って下さったその時間を愛おしく感じる。少し、センチメンタルすぎるのでしょうかね。

話が反するようだけど、今日1通の外国の方からメールを戴いた。
311メモリ−ズについての記事を見て、何故かリンクの張られていないそのサイトを探しそこで聞いた音楽を好きなって、題名を知りたいとのこと。題名は「記憶の桜」とお伝えした。春になったら是非、ライブで演奏して下さい、きっと素敵だと思いますと、言って下さった。

曲がひとり歩きをして、誰かの時間の中で生きていることを知る時、そういう人がたった一人でもいるなら、僕は音楽を続けて行けるなあ。とそんなふうに思った穏やかな夜でした。
[PR]
by kkkr | 2013-02-14 03:26 | 日常の中の特別

『太陽が生まれ変わる頃』

 そろそろ、おやすみの時間。1年ほど前から、僕の寝床は、スタジオの階段を上がった場所、天井がすぐ傍にあって、天窓から少し空が見える。昨日は月の明かりがベッドの隅を照らしていた。暖かい空気は上に上がるから、夏はとんでもなく暑いのだけれど、冬は暖かい。

 iPadに、Star walkという夜空をガイドしてくれるアプリがある。その中のギャラリーに星雲の中をどんどん進んで行く事が出来るビデオがある。ちょっと頭の回転を鈍くしてやれば、まるで、宇宙の中を一人浮遊しているように感じる。昨夜は、ふと、『ああ、人は死んだら宇宙のどこかに行くのかもしれない。』と、ありきたりではあるけれど思った。時間というのは複雑で、今、地球上で確認できる光は、何億光年の距離の星の光を見ているということだし、その何億年前の命の灯火、もしかするともう存在しない星の光が今ここに届いているという訳だ。それは、幻ではなく、確かにここに届く光で、つまり命のかけら。『人は死ぬと、お星様になる』などという少しこっぱづかしい、ロマンチックなフレーズがあるが、『命とは星の光のようなもの』という感覚がそういう言い回しを生んだのかもしれない。

 先に行ってしまった友人達のひとり、bice。彼女の不在の実感は、不思議なことに時が経つほどに大きくなって来る。作品を聞けば、そこに、また彼女の命が再現される。何億光年も離れたところにいようとも、目の前に彼女の命が蘇る。悲しみだけではなく、そこに慈しみという言葉がふさわしいかのようなものを感じる。

 彼女の最後のアルバム『かなえられない恋のために』がiTunesで発売されていた。
https://itunes.apple.com/jp/album/kanaerarenai-liannotameni/id285242812
僕は、8曲目『太陽が生まれ変わる頃』でギターを弾いている。レコーディングの日に、僕のスタジオに来ると言ってたけれど、『忙しくて行けないからやっといて』という信頼されているのか、なんなのかわからないメッセージとデータを受け取る。ギターを弾いて送り返した。久々に、一緒に作品を創るということで、楽しみにしていた僕は、少々へそを曲げる。

 その後、出来上がったCDが送られて来た。作品を一通り聞きながら、クレジットみたところ、名前が間違っていた。ああ。レコーディング時に少しへそを曲げていた僕は、冷たい口調で、「名前間違えてるんだけど?」てな具合で、電話を。きっと彼女は、そんな僕の声にビビったのだろう。「わ、私じゃないもん!私、ちゃんと伝えたもん」と返事。今から、考えると、子供っぽくて可愛い。(笑)『ごめーん』という言葉を期待して、それだけで何事もなかったことに、次の話題へと移す事を予定していた僕は、逆にさらにへそを2回転くらい曲げられてしまって、確か、一言二言話したあと電話を切ってしまった。それが彼女との最後の会話。

 僕は、彼女のことを、女性の中で唯一、一生ミュージシャンとして関わって行くだろうなと思ってた人だった。きっと、お互いに爺さん、婆さんになっても、しょうがねーなー、とか言いながら時々、一緒に音楽をやっている仲だと思っていた。そのくらいのことなどは、またそのうち何事もなかったように、にんまりとしながら音を出す事で未来を創っていくと信じていた。

 最後の会話が、あんなだったことは後悔していない。また、会わなきゃ行けない理由になった。そして、『この太陽が、生まれ変わる頃、偶然会えたら..』という彼女は歌う。

 

 
[PR]
by kkkr | 2013-01-30 01:27 | 日常の中の特別

残雪の夜、想うこと。

 キツツキが窓をつつく音。目を覚ますと、バルコニーに残る雪にオレンジ色の朝日が射していた昨日の朝。

 一日一日が、言葉通り矢のごとく、そして確実にひとつづつ過去の記憶へと変わって行く。ある時は、目の前のことに夢中になり、あるときは、未来の為の準備に費やされ、ある時は生きて行く上で避けられないことへと時間が費やされる。どんな時間だって、濃密にこの五感を使って内と外との辻褄を合わせながら感じそして動いている。 ぼーっとしている時だって、ぼーっとしているその行為にどっぷりだ。

 仕事とは、求められていることが明確で、その要望に応えること、期待以上のものを差し出すことで喜ばれ、それはまた自分の喜びへと変わる。仕事が与えられる時点で、相手から自分を必要とされているという前提があり、その期待へと応えるべく胸を膨らませる。

 12日、下北沢にて、2つのイベントに一人で参加した。全くタイプの違うパフォーマンスを計画。モナレコードでのライブは、ギター、声、ピアノ、フロアタム、コントラバス、を用意し、エフェクトを加えた即興演奏を。そして、夜は、アコースティックギター一本で、歌と向き合うことを。2つのステージを終えて、ミュージシャンとしてではなく、アーティストとしてステージに立つことを、改めて考えることになった。(ミュージシャンであっても、アーティストであるとは限らない)

 僕にとっては、自分のステージは、お金を戴こうが、貰えまいが仕事ではない。会場にまで、足を運んでくれる人達は、また、偶然そこに居合わせた人達は、明確な要望、要求があって来てくれるのではない。むしろ想定外のこと、ミラクル、漠然と、なにか非日常的な時間を期待して足を運んでくれている。入場料はある意味、お布施のようなもの。神聖なもの。それを受け取る側のアーティストも托鉢を受ける僧侶のようなもの。今回の2つのライブを通して、前提として誰も求めていないこと、ある意味自分のエゴの部分を表現する上で、どういうふうにこれからミラクルを起こして、非日常を体験し、共有してもらえることが出来るのか、さらに真剣に考え繊細に感じることへの契機になった。正直なところ、ccoでのライブの後、もう、職業音楽家としてだけでやって行こうかと言う思いが頭をかすめるほどだった。が、朝日とともに、また、あの根拠のない自信は帰って来た。

 そう、モナレコードでのこと。アーティストのお二人、鈴木さんと、kyoooさんに興味津々でステージを楽しみにしていた。が、2日間で、3時間の睡眠しかとれていなかった僕は、ずっとは立っていられず、途中から扉を半分開けた楽屋のソファに座り、適度にフィルターされた音に身を任せるようにしていた。kyoooさんのピアニシモな歌声とギターの音は、弱々しいがゆえの強さをもってステージ一番奥の、僕の特等席まで響いていた。下北沢の雑踏の音、換気扇の音、だれかの話声。全てが音楽の一部に変わっていた。最後から2曲目の曲だったと思う。突然、彼女のギターと歌に絡み付くように、バイオリンの音が聞こえて来た。かなりエキセントリックで美しいアレンジ。誰かが弾いているのかと、飛び出たが、誰も弾いてはいなかった。彼女の音楽は、水墨画のようだと思った。

そう、昨日は、阪神淡路大震災の日。
癒えることのない悲しみを抱いている人の上に、新たな幸いが降り注いでいますように。
[PR]
by kkkr | 2013-01-18 03:18 | 日常の中の特別

A happy new year!

b0060102_19591381.jpg


あけましておめでとうございます。
今年は、長い間止まっていた作品のリリースを再開したいと思っています。春までに、"Flight"という作品を。冬までに、もうひとつ作り続けているアルバムも出せればと思っています。
まずは、1/12の2つのライブから。みなさんにとって、今年が、愛溢れる穏やかな年になりますように。

http://echoandcloud.com/
[PR]
by kkkr | 2013-01-02 20:03 | 日常の中の特別