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infected dream

idream.exblog.jp

『 出会いの不思議(続)』への返答

昨夜の興奮からまだ醒めない。
(理由は次の3つのブログを読んで戴きたい)
http://idream.exblog.jp/12472569/
http://kazetabi.weblogs.jp/blog/2009/12/-.html
http://kazetabi.weblogs.jp/blog/2009/12/post-3acf.html

もの忘れの激しさで有名な僕だが、当時21歳だった僕の上に起こった数時間、27年たった今も恋しく思うほど覚えている。何を話したか、どうして、それほどまでに熱く語り合ったのか、どんなきっかけだったのか、まったく覚えていない。覚えていること、恋しく思う想いは、ただただ、言葉に出来ない熱い何かだ。

 佐伯君(あの当時と同じように呼ばせてもらおう)は言う。
 『たった一日の出会いの後、お互いにまったくべつべつの道を歩いてきたのだが、現在、彼が行っている表現や世界観を見ると、私のものと同じではないのだけれど、何か響き合うものを感じる。つまり、人の潜在意識は同じものを求めているのではなく、自分の中に欠けている何かを補いたいと欲していて、そいつが強力なアンテナになっているのではないかと思うのだ。』と。そうだ、まさにそんな感じ。

 僕は、京都にある大学の経営学部を専攻していた。音楽で生きて行きたいと思っているにも関わらずだ。音大へ行こうと思ったこともあったが、うちの家庭状況では無理だった。そして、大学の4年間のうちに音楽への目処をつけられなかったら、おとなしく就職しようと思っていたのだ。3年までにすべての単位をとって、4年は週一度のゼミだけという状況になったところだった。残りの時間を全て、音楽に費やそうという魂胆だ。
 専攻は、日本銀行論。経済を日銀がどのようにコントロールするのか。そんなことを学んでいた。世の中は、銀行や証券会社が勢いを増し、就職先の人気トップ。ちょうどバブル社会へと突入して行った時代。幸運だったことは、ゼミの教授がその当時から「現在の日本の経済はバブルだ。」と警告を発していたこと。卒業までこぎ着けたのは、この先生のお陰だ。教授は、アバンギャルドだったのかもしれない。(いや、良心ある学者は皆、解っていたのだろう)同級生達は、学生にも関わらず、車を手に入れ、テニス同好会に入り、冬はゲレンデで遊ぶ。服装は、VANや、ブルックスブラザーズなどという、アイビー、プレッピー、ドラッドと言われるファンション。僕はと言えば、仕送りもなく(その頃、実家は横浜)彼らに嫉妬も覚えつつも、自分は彼らとは違うんだと、音楽に没頭した。

 そんな、ある日のバイトの中に、アイビーでも、プレッピーでもなく、凛と佇む彼、佐伯君を見つけて近寄ったのは、きっと僕に違いない。彼は、僕が持ち合わせていない、言葉、信念、哲学、覚悟?うまく言い表すことができないけれど、そういったものに突き動かされて自分を逆境へと導く(ドロップアウト)強さを持っていた。音楽の道を選ぶことも、ドロップアウトだ。がしかし、そこには快楽がある。3人、4人が集まって、楽器を鳴らすことによって、大切なものを捨ててもいいとさえ思える快感の瞬間を得ることができた。それは、『孤独』ではなく、佐伯君の孤独なドロップアウトとは違うのだ。あの日、僕は、彼から強さをもらったのだと思う。たとえ、一人になっても、歩み続ける覚悟をもらったのだと思う。一人で、戦争地(フォークランド諸島)へと自分を追い込む人間を目の前にして。覚悟が出来たのだと思う。

 そんな、強い彼(彼の言葉によるなら、強くなろうとしていたと言うべきかもしれない)を作り上げたもののひとつに本があったと思う。僕は、どんなものを読んでいるのかと彼に聞いた。それが、坂口安吾の「堕落論」「暗い青春・魔の退屈」昭和57年3月30日第22版 が今も、本棚にある理由だ。あの当時の、(今もかもしれない)僕には、さっぱり解らなかった。けれど、これらの本は、戦地へと向かった佐伯君を、時折、思い起こすきっかけになった。そして、27年たった、今、また再会したのだ。

 今日気がついた。「風の旅人」34号 <時と揺> が、すでに僕の本棚に存在した。佐伯君とは、すでに再会していたのだ。そして、今日、閉店間際の書店に飛び込み手に入れた。38号<時の肖像>。

 27年前に、惚れた男の作品。感動せずしてページを進めることは出来ない。

 
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by kkkr | 2009-12-11 03:19 | 日常の中の特別
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