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infected dream

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流れに身をまかせて

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ロンドンにいた頃、テイト美術館によく行った。
美術館の中の、ラファエル前派の部屋へ。
まるで、恋人に会うように、胸を踊らせて。
教科書や、印刷物で見ていたそれらの絵は、僕にとっては限りなく興味のない種類の美術だったが、実際にそれらの絵の前に初めて立った時、背筋に走るあの特別の感覚を感じた。

特に、僕が見とれてしまったのは、ベアータベアトリクス。
目を閉じ、祈る彼女は、まるで生きているようで、僕は遠い昔に描かれたその女性に恋するような気持ちにさえなった。

もうひとつは、ミレーのオフィーリア。
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これは、シェークスピアのハムレットに登場する悲劇の女性を描いたもの。
花輪を枝にかけようとして、溺れて川に流されて行く。
あの絵の意味を知らないで見た僕は、両手を広げ川に流されて行く彼女の姿と表情は、幸福に満ちたもののように感じた。命を落す瞬間に愛する人を思い、運命の流れに身を任せた美しい女性。

この日記を書きながら、思い出したことがある。 もう20年も前になるだろうか。
祖母の死について。彼女は、祖父と二人暮らしだった。糖尿病を煩い、白内障の手術を受け、目も悪く目が大きく見える大きな眼鏡をかけていた。祖父母の家には、階段の途中に棚があった。祖母は、そこにあるなにかを取ろうとして、足を踏み外し階下へ落ちる間に頭を強く打ったらしい。見つけたのは、祖父。祖父は、物書きでその日は、講演かなにかで出かけていた。玄関のチャイムを鳴らすといつも迎えに出ていた祖母が出てこなかった。祖父は扉を自ら開けて、目の前にもうすでに息のなくなった祖母を見つけた。祖父は、まだぬくもりの残る祖母を強く抱いた。

情景は、オフィーリアの絵ように、美しくはない。小さな古い家の玄関での出来事だ。きっと、あっと言う間の出来事だったと思う。祖母は、亡くなる瞬間に何を思っただろう。死を聞いて、駆けつけた僕が見た彼女の顔は、とても美しかった。祖母は、こんなに美しい顔だったのだと驚いた。
 きっと、最初に見つけてくれるのは、祖父だということを思ったに違いない。祖父が、しっかりと抱きかかえてくれることを待ちわび、そして確信していたに違いない。その運命を受け入れたんだと思う。

老いていく父母は、なんでもないことのように自分達の死期について言う。あと、5年?10年? なんてね。そして、僕自身も、冗談めかして、あと20年は、すねかじらせてよなどと。

1年に一瞬だけ、一枚の葉もないその枝から突如として花を咲かせて、1週間程で、雪のように花びらを降らせる桜。あと、何度、僕の愛する人は、こんなに美しい春を見るのだろう。あと、何度、僕は愛する人達と、この桜を眺めることができるのだろう。桜は、胸の奥に、小さく震えるほどの幸せと悲しみではない哀しみを置いてゆく。

いつか、自分にその瞬間が訪れた時、流れに身を任せてオフィーリアのように、そして祖母のように、その瞬間を受け入れることができたらと思う。

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by kkkr | 2009-04-18 05:01
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